大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(行ケ)171号 判決

アメリカ合衆国

ニユージヤージー州 〇八五四〇 プリンストン インデペンデンス・ウエイ 二

原告

アールシーエー ライセンシング コーポレーション

右代表者

ピーター エム エマニユエル

右訴訟代理人弁理士

田中浩

荘司正明

木村正俊

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

植松敏

右指定代理人通商産業技官

大橋公治

今井健

同通商産業事務官

高野清

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を、

九〇日と定める。

事実

第一  当事者が求める裁判

一  原告

「特許庁が昭和六〇年審判第一四三一九号事件について平成二年二月二二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一項及び第二項と同旨の判決

第二  原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

アールシーエー コーポレーシヨンは、昭和五五年一〇月二二日、名称を「信号処理装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)について、一九七九年一〇月二三日英国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和五五年特許願第一四八八三九号)をしたが、昭和六〇年三月七日拒絶査定がなされたので、同年七月一五日査定不服の審判を請求し、昭和六〇年審判第一四三一九号事件として審理された結果(なお、原告は、一九八七年(昭和六二年)一二月八日にアールシーエー コーポレーションから本願発明の特許を受ける権利を譲り受け、昭和六三年一〇月二〇日、特許庁長官にその旨を届け出た。)、平成二年二月二二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年四月一八日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として九〇日が附加された。

二  本願発明の要旨(別紙図面A参照)

画像表示信号の信号源と、

表示面と、その表示面に少なくとも一本の電子ビームを指向する電子銃構体とを有する画像表示装置と、

前記電子ビームが前記表示面上に走査線のラスタを反復して描くようにビーム偏向を行う手段と、

前記走査線の走査速度を変調する手段とを含む画像表示方式において、

前記信号源に結合されていて、前記画像表示信号を微分し、微分された出力信号を供給する抵抗-コンデンサ回路網と、

前記出力信号に応答して、一方向への振れが第一の所定レベルでクリツプされ、これと反対方向への振れが第二の所定レベルでクリツプされたクリツプ信号出力を発生し、また、第一の閾値振幅よりも小さな振幅を持つた第一の極性の微分された出力信号の振れには応答しないようにするための第一の閾値設定手段と、第二の閾値振幅よりも小さな振幅を持つた第二の極性の微分された出力信号の振れには応答しないようにするための第二の閾値設定手段とを含み、それによつてコアリングされ、かつ、クリツプされた出力信号を発生する、ダブルエンデツドリミツタ手段と、

前記コアリングされ、かつ、クリツプされた出力信号を前記走査線変調手段に供給するための手段と

から成る、信号処理装置

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  これに対し、昭和四九年特許出願公開第九一二六号公報(以下、「引用例1」という。)には、画像表示信号の信号源と、表示面とその表示面に向けて電子ビームを射出する電子銃構体とを有する画像表示装置と、前記電子ビームが前記表示面上に走査線のラスタを反復して描くようにビーム偏向を行う手段と、前紀走査線の走査速度を変調する手段とを含む画像表示方式に適用される信号処理装置として、左記の二種の形式の装置が開示されている。

a 画像表示信号の信号源に結合された画像表示信号を微分するための微分回路と、該微分回路からの微分された出力信号を前記走査速度変調手段に供給する手段を具備する、信号処理装置(以下、「微分回路付信号処理装置」という。)

b 画像表示信号と、該画像表示信号を僅かに遅延させた遅延画像表示信号を減算回路に供給し、該減算回路において画像表示信号から遅延画像表示信号を減算した信号を出力し、この出力信号を走査速度変調手段に供給するように構成した、信号処理装置(以下、「滅算回路付信号処理装置」という。)

そして、引用例1には、減算回路付信号処理装置において、コントラストが強い画面及びコントラストが比較的弱い画面のいずれに対しても鮮鋭度の改善を図ることを目的として、走査速度変調手段に供給すべき信号の一方向への振輻を第一の所定レベルでクリツプし、これと反対方向への振輻を第二の所定レベルでクリツプした出力信号を発生する手段を、減算回路と走査速度変調手段との間に介在させることも記載さわている。

3  また、昭和五三年実用新案登録出願公告第四九三〇三号公報(以下、「引用例2」という。別紙図面B参照)には、減算回路付信号処理装置において、走査速度変調に対する雑音等の小レベル信号による影響を除去することを目的として、走査速度変調手段に供給すべき信号の一方向への振幅が第一の閾値振幅より小さく、他方向への振福が第二の閾値振輻より小さい場合に、同信号に対して応答しないようにするための、第一及び第二の閾値設定手段を含む、コアリングした出力信号を発生する手段を、減算回路と走査速度変調手段との間に介在させることが記載されている。

4  そこで、本願発明と引用例1記載の微分回路付信号処理装置を対比すると、両者は左記の二点において相違するが、その余の点においては一致すると認められる。

〈1〉 本願発明が、微分回路を抵抗-コンデンサ回路網で構成しているのに対し、引用例1には、微分回路の具体的構成が明示されていない点

〈2〉本願発明が、微分回路と走査速度変調手段の間に、微分回路からの出力信号に応答して、一方向への振れが第一の所定レベルでクリツプされ、これと反対方向への振れが第二の所定レベルでクリツプされたクリツプ信号出力を発生し、また、第一の閾値振幅よりも小さな振幅を持つた第一の極性の微分された出力信号の振れには応答しないようにするための第一の閾値設定手段と、第二の閾値振幅よりも小さな振幅を持つた第二の極性の微分された出力信号の振れには応答しないようにするための第二の閾値設定手段とを含み、それによつて、コアリングされ、かつ、クリツプされた出力信号を発生するダブルエンデツドリミツタ手段を介在させているのに対し、引用例1記載の微分回路付信号処理装置は、そのようなダブルエンデツドリミツタ手段を具備していない点

5  各相違点について判断する。

〈1〉 微分回路を抵抗-コンデンサ回路網で構成することは、周知技術であるから、相違点〈1〉に係る本願発明の構成は、当業者ならば当然に想到し得た事項と認められる。

〈2〉 本願発明の「コアリングされ、かつ、クリツプされた出力信号を発生する、ダブルエンデツドリミツタ手段」は、実質的には、引用例1記載の「クリツプした出力信号を発生する手段」と、引用例2記載の「コアリングした出力信号を発生する手段」を組み合わせた構成に相当する。

ところで、前記クリツプした出力信号を発生する手段及びコアリングした出力信号を発生する手段を配設する目的は、前記のように、コントラストが強い画面及びコントラストが比較的弱い画面のいずれに対しても鮮鋭度の改善を図ること、あるいは、走査速度変調に対する雑音等の小レベル信号による影響を除去することに存するが、これらの手段が、微分回路付信号処理装置にも有効であることは、当業者ならば、前記の引用例1及び引用例2の記載から当然に予測し得た事項と認められる。

そして、特性の改善に有益な技術を多数採用して装置の改善を図ることは技術上の常套手段であるから、前記の二つの目的を達成するために、クリツプした出力信号を発生する手段とコアリングした出力信号を発生する手段を粗み合わせて微分回路付信号処理装置に適用することは、当業者ならば容易に想到し得た事項と認められる。

6  以上のとおり、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法第二九条第二項の一規定により、特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

引用例1に審決認定の技術的事項が記載されていること、本願発明と引用例1記載の微分回路付信号処理装置が審決認定の二点にかいてのみ相違しその余の点において一致すること、及び、相違点〈1〉に係る本願発明の構成が本件出願前に周知であることは、認める。

しかしながら、審決は、引用例2記載の技術的事項を誤認して相違点〈2〉の判断を誤つた結果、本願発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。すなわち、

審決は、相違点〈2〉について判断するに当たり、本願発明のコアリング手段は実質的に引用例2記載のコアリング手段に相当する趣旨の認定をしている。

しかしながら、本願発明は、画像の鮮鋭度を向上するために簡易で安価な微分回路を採用するとともに、微分波形の立下りに長い尾の部分が現れる間も走査速度変調が行われると有害であることを解決すべき問題点として把握し、別紙図面イのJに示すように微分波形の第一の閾値と第二の閾値の間をコアリングすることによつて微分波形の立下りに現れる有害な尾の部分を除去し、別紙図面イのKに示すような時間幅の短い走査速度変調信号を得ることに成功したものである。

これに対し、引用例2記載の考案のコアリング手段は、雑音成分が信号処理によつて強調されるのを防ぐこと、及び、中間調部分が不自然な画面になるのを防ぐことを目的として(第六欄第二三行ないし第三六行)行われるのであつて、微分波形の立下りに現れる尾の部分を除去する目的をもつて信号をコアリングすることは全く記載されていない。引用例2の第二欄第二九行ないし第三六行には微分回路付信号処理装置の問題点として微分波形の立下りに現れる尾についての記載があるが、引用例2記載の考案は減算回路付信号処理装置に関するものであつて、引用例2には微分回路付信号処理装置の前記問題点の解決手段は何ら示されていない。

したがつて、本願発明のコアリング手段と引用例2記載のコアリング手段を同一視することはできない。

また、審決は、コアリング手段が微分回路付信号処理装置にも有効であることは当然に予測し得た事項であるから、微分回路付信号処理装置にコアリング手段を適用することは当業者ならば容易に想到し得た、と判断している。

しかしながら、引用例2記載の考案の考案者が、微分回路付信号処理装置における前記問題点を解決することを断念し、減算回路付信号処理装置に関する考案をするに至つたことからも明らかなように、微分回路付信号処理装置において微分波形の立下りに現れる尾の部分を除去する手段としてコアリング手段を採用することは当業者といえども容易に想到し得なかつた事項であるから、審決の前記判断は、誤りである。

念のため付言すれば、引用例1の第二頁左上欄第三行ないし第一五行には微分回路付信号処理装置の問題点が記載されているが、この記載には大きな誤りがある。すなわち、引用例1の第4図(別紙図面ロ)には波高を異にする画像表示信号A、Cとそれらの微分波形B、Dが示されているが、画像表示信号の明暗は別紙図面イのD、F、Hのように正弦波的に推移するから、その微分波形は別紙図面イのE、G、Iのように余弦波的に変化し、その頂上は滑らかな曲線を描くのであつて、別紙図面ロのB、Dに示されているような尖鋭なピークを生ずることはない。したがつて、引用例1の「第4図A、Cに示すように信号Soのレベルが違うと第4図B、Dに示すように信号Sbのピーク値の位値がずれる」(第二頁左上欄第一〇行ないし第一二行)との記載は明らかに誤つている。

第三  請求の原因の認否、及び、被告の主張

一  請求の原因一ないし三は、認める。

二  同四は、争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような誤りはない。すなわち、

引用例2には、減算回路付信号処理装置にコアリング手段を適用して走査速度変調に対する小レベル信号の悪影響を除去することが明快に記載されている。したがつて、微分回路付信号処理装置にコアリング手段を適用すれば同様の効果が得られることは、当業者ならば直ちに理解し得た事項である。

この点について、原告は、本願発明のコアリング手段は微分波形の立下りに現れる有害な尾の部分を除去するものであるから、本願発明のコアリング手段と引用例2記載のコアリング手段を同一視することはできない、と主張する。

しかしながら、本願発明のコアリング手段が、小レベル信号に対して走査速度変調が応答しないように小レベル信号を除去する点において、引用例2記載のコアリング手段と全く同一に作用することは明らかである。そして、微分波形の立下りには、長く尾を引く形で小レベル信号が現れてしまうが、微分回路付信号処理装置にコアリング手段を適用すれば右の有害な尾の部分も併せて小レベル信号が除去されることは、コアリング手段が有する機能から自明の事項にすぎない(ちなみに、原告は、引用例2には微分波形の立下りに現れる尾の部分を除去する目的をもつて信号をコアリングすることは記載されていない、と主張する。しかしながら、本願明細書にも、そのような技術的課題(目的)はもとより、微分波形の立下りに尾の部分が現れそれが有害なものであることすら記載されていないから、原告の右主張は失当である。)。

また、原告は、微分回路付信号処理装置において微分波形の立下がりに現れる尾の部分を除去する手段としてコアリング手段を採用することは当業者といえども容易に想到し得なかつた事項である、と主張する。

しかしながら、微分回路付信号処理装置がテレビジヨン画像の鮮鋭度の改善に相応の効果を発揮することは当業者にとつて周知事項であるが、この微分回路付信号処理装置を更に改良することの意義は当業者ならば十分に承知しているところである。そして、減算回路付信号処理装置にコアリング手段を適用した場合に得られる効果に関する引用例2の前記記載がある以上、コアリング手段が微分回路付信号処理装置にとつても有益であることは当業春にとつて自明の事項に属するから、コアリング手段を微分回路付信号処理装置に適用することは当業者が容易に想到し得たとした審決の判断に誤りはない。

なお、原告は、引用例1の「第4図A、Cに示すように信号Soのレベルが違うと第4図B、Dに示すように信号Sbのピーク値の位置がずれる」(第二頁左上欄第一〇行ないし第一二行。別紙図面ロ参照)との記載は明らかに誤りであると主張するが、引用例1の右記載に誤りがあるか否かによつて審決の判断の適否が左右されることはない。

第四  証拠関係

証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、同目録をここに引用する。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。

一  成立に争いない甲第二号証(特許願書添付の明細書)及び第五号証(平成元年一二月一三日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について左記のような記載があることが認められる(別紙図面A参照)。

1  技術的課題(目的)

本願発明は、画像の鮮鋭度を向上するためのビーム走査速度変調に用いる、新規で有効な信号処理装置に関する(明細書第二頁第六行ないし第八行)。

見掛けの画像解像度は、ビーム強度を制御するビデオ信号の導関数によりビーム走査速度を変調することによつて向上する(明細書第二頁第一三行ないし第一六行)。

しかしながら、ビーム強度制御用ビデオ信号の導関数を求めるために、簡単な微分回路を採用すると、速い遷移に対する高い出力と遅い遷移に対する低い出力が生成されるが、微分信号を処理するチヤンネルの利得を、速い遷移に対して適正な増強効果を与えるのに適正な大きさの補助ビーム偏向を行うように設定すると、遅い遷移に対する鮮鋭度の改善効果が不十分になる。また、微分を受けるビデオ信号中にノイズ(雑音)があると、ビーム走査速度変調は、ノイズを更に目立つようにしてしまう。さらに、微分を受けるビデオ信号が合成カラービデオ信号から引き出される場合には、微分回路に供給される入力に存在する残留色副搬送波成分のために、不要なスプリアス・ドツト構造が一層目立つようになるとの不都合も生ずる(明細書第二頁第二〇行ないし第三頁初行、手続補正書二枚目第一〇行ないし三枚目第四行)。

本願発明の技術的課題(目的)は、従来技術の右のような問題点を解決することである。

2  構成

本願発明は、右技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする構成を採用したものである(手続補正書六枚目第二行ないし七枚目末行)。

別紙図面Aは、本願発明の一実施例によるビーム走査速度変調装置を用いた画像表示方式の部分ブロツク回路図であつて(明細書第一八頁第一四行ないし第一六行)11が画像表示信号源、21が画像表示装置、23がビーム偏向手段、25、25'が走査速度変調手段、55、86が微分手段、61、63、71、73がリミツタ手段、100、102が出力手段である(明細書第一八頁第一七行ないし末行)。

この回路が作動すると、トランジスタ50によつて増幅されたビデオ信号が、コンデンサ55と抵抗86によつて形成されるOR回路で微分され、この微分出力が、ダブルエンデイツドリミツタを構成する差動増幅器61、63及び71、73の、トランジスタ61、71のベースに印加される(明細書第一二頁第一一行ないし第一五行、手続補正書三枚目第九行及び第一〇行)。

トランジスタ73のベースバイアスは、トランジスタ71のベースバイアスに対して負に偏倚しているため、入力信号がないときは、トランジスタ73は遮断される。トランジスタ73は、微分信号が正方向に振れる間、この遮断状態を持続するから、正方向の振れの間は、差動増幅器71、73がリミツタ出力に対する信号変化に寄与することはない。また、トランジスタ63のベースバイアスは、トランジスタ61のベースバイアスに対して正に偏倚しているため、入力信号がないときは、トランジスタ61は遮断される。トランジスタ61は、微分信号が負方向に振れる間、この遮断状態を持続するから、負方向の振れの間は、差動増幅器61、63がリミツタ出力に対する信号変化に寄与することはない(明細書第一二頁第一六行ないし第一三頁第九行)。

リミツタ出力に影響すべき微分信号の負方向の振れに対して、トランジスタ73をその遮断状態から追い出すためには、負方向の振れが十分な大きさを持つ必要がある。したがつてリミツタは、バイアス分圧抵抗82の両端間に発生するバイアス偏倚電圧によつて決定される閾値振幅より小さい振幅の、微分信号の負方向の振れには、応動しない。逆に、リミツタ出力に影響すべき微分信号の正方向の振れに対して、トランジスタ61をその遮断状態から追い出すためにも、正方向の振れが十分な大きさを持つ必要がある。したがつてリミツタは、バイアス分圧抵抗81の両端間に発生するバイアス偏倚電圧によつて決定される閾値振幅より小さい振幅の、微分信号の正方向の振れには応動しない(明細書第一三頁第一〇行ないし第一四頁第三行)。

そして、入力増幅器及び差動増幅器に対する回路常数は、ビデオ信号の広い範囲にわたる遷移に応じて生成される微分出力の、正負の信号振幅が、リミツタの出力をそれぞれのクリツプレベルまで駆動するに十分な大きさを有し、それによつて、前記範囲の信号の遷移が、同じ大きさの補充ビーム偏向を生ずるように選定される。しかし、低振幅のノイズ成分及び残留色副搬送波成分は、リミツタの閾値回路のコアリング効果によつて除去され、走査速度変調装置による無用の増強を防いでいる(明細書第一四頁第四行ないし第一四行)。

3  作用効果

本願発明の原理は、ビーム走査速度変調信号用の信号処理装置が、ビデオ信号微分器の出力に、一対の閾値回路を伴うダブルエンデツドリミツタを作用させて、微分されたビデオ信号に「コアリング(CORING)」と「ベアリング(PARING)」を施す点にある。このリミツタは、二重クリツプ出力信号を生成するが、微分された信号の、選ばれた閾値振幅未満の振れに対しては、どちらの極性にも応動しない。したがつて、リミツタの利得は遅い遷移に対しては鮮鋭度の向上を保証するが、クリツプ作用のベアリング効果によつて、速い遷移による過剰の補充ビーム偏向が防がれる。また、リミツタに対する閾値のコアリング効果は、雑音可視度及び副搬送波ドツト構造の増強の可能性を著しく低減する(明細書第三頁第一三行ないし第四頁第六行)。

二  引用例1に審決認定の技術的事項が記載されていること、及び、本願発明と引用例1記載の発明が審決認定の二点においてのみ相違しその余の点において一致することは当事者間に争いがなく、相違点〈1〉に関する審決の判断が正当であることは原告も認めるところである。

三  相違点〈2〉の判断について

原告は、審決は引用例2記載の技術的事項を誤認した結果、相違点〈2〉の判断を誤つた、と主張する。

そこで、成立に争いない甲第七号証(実用新案登録出願公告公報。別紙図面B参照)によつて引用例2記載の技術内容を検討するに、引用例2記載の考案は、名称を「テレビジヨン画像の鮮鋭度改善装置」とするものであつて(第一欄初行)、カラーテレピ受像機について第5図に示す構成(審決にいう「減算回路付信号処理装置」である。)を採用すれば、鮮鋭度は十分に改善されるが、輝度信号には第8図Aに示すように所要信号の他にノイズ成分が含まれているので、輝度信号から第8図Bに示すような走査速度変調信号を得、これに第8図Cに示すように走査速度変調を大きくかけて画質の改善を図ろうとすると、ノイズ成分にも走査速度変調がかかつてノイズが非常に目立つ画像になり、また、中間調(人の顔など)が強調された不自然な画像になつてしまう問題点がある(第五欄第一〇行ないし第二一行)との知見に基づいて、ノイズ成分あるいは中間調には走査速度変調がかからないようにした、画像鮮鋭度改善装置の創案を目的とするもの(第五欄第二二行ないし第二六行)と認められる。

そして、同号証によれば、引用例2記載の考案は、前記課題を解決するために、「テレビジヨン信号の輝度信号のレベル変化に基いて形成した陰極線管の電子ビーム走査速度変調信号を所定振巾以上の信号のみを通過する波形成形回路に供給して上記輝度信号が有するノイズ成分に基いて形成された陰極線管の電子ビーム走査速度変調信号成分の如き小レベル信号を除去し、上記波形成形回路の出力信号を陰極線管の電子ビーム走査速度変調装置に供給して上記ノイズ成分が強調されるのを防止したことを特徴とするテレビジヨン画像の鮮鋭度改善装置」(第一欄第一七行ないし第二六行)を要旨とする構成を採用したものであつて、別紙図面Bの第9図はその一実施例の要部である波形成形回路を示し(第五欄第二七行ないし第三〇行)、この回路によれば、第8図Bのような信号から、VD(ダイオード56及び57の順方向電圧。第六欄第二行参照)に達しない信号成分が除去された第8図Dのような信号が得られる。したがつて、この信号に走査速度変調を大きくかけても、ノイズ成分あるいは中間調には走査速度変調がかからないので、第8図Eのようにノイズの目立たず、かつ、中間調が不自然に強調されない良好な画像が得られる(第六欄第二四行ないし第三六行)との作用効果が奏されるものと認められる。

そうすると、引用例2記載の考案は、本願発明と同じく、信号の小レベル部に走査速度変調がかかつて強調されることによる不都合の除去を技術的課題(目的)とし、その解決のためにコアリングされた出力信号を発生する手段を採用したことが明らかである(信号の小レベル部に走査速度変調がかかることによる不都合を、本願発明がノイズが強調されること及びスブリアス・ドツトの強調と捉えたのに対し、引用例2記載の考案はノイズが強調されること及び中間調の不自然な強調と捉えているにすぎない。)。

この点について、原告は、本願発明は、微分波形の立下がりに現れる有害な尾の部分を、信号をコアリングすることによつて除去することに成功したものである、と主張する。

しかしながら、微分波形の立下がりに現れる尾の部分が有害であるというのも、信号を微分すると望ましくない尾が信号の小レベル部にかけて現れてしまい、これに走査速度変調がかかつて強調されるということであるから、結局、前記の信号の小レベル部に走査速度変調がかかることによる不都合に他ならない。そして、通常の微分回路において微分波形の立下がりに尾が現れること自体は、本件出願前の技術常識に属する事項にすぎないのである。なお、引用例2が要旨とする前記構成が、本願発明の「コアリングされた出力信号を発生する手段」と技術的に同一のものであること(すなわち、信号の小レベル部を除去する機能を有すること)は、原告も争わないところである。

そうすると、本願発明のコアリング手段と引用例2記載のコアリング手段を同一視することはできない、という原告の主張が根拠のないものであることは明らかである。

ところで、引用例2記載の考案は審決にいう減算回路付信号処理装置に関するものであり、本願発明は審決にいう微分回路付信号処理装置に関するものであるが、引用例2記載のコアリング手段(要するにクリツパの一種であつて、本件出願前に周知のものである。)が、減算回路付信号処理装置に対してのみならず微分回路付信号処理装置に対しても適用し得ることは、技術的にみて何らの疑問も存しないところである。

この点について、原告は、引用例2記載の考案の考案者が微分回路付信号処理装置において微分波形の立下りに現れる尾の部分の問題点を解決することを断念し、減算回路付信号処理装置に関する考案をするに至つたことから明らかなように、微分回路付信号処理装置にコアリング手段を適用することは当業者といえども容易に想到し得なかつた事項である、と主張する。

しかしながら、前掲甲第二号証、第五号証、第七号証及び成立に争いない甲第六号証によれば、本件出願当時、輝度信号を受像管に供給して画像を再生する場合の画像の鮮鋭度改善装置として微分回路付信号処理装置及び減算回路付信号処理装置が周知であつて、両装置の構成は画像表示信号を回路に供給しこの回路から出力される信号を走査速度変調手段に供給するように構成した点において共通しており、ただその回路が微分回路であるか減算回路であるかの点で相違するにすぎず、両者ともにこの装置によつて画像の鮮鋭度の低下を補償するという作用効果を奏するものであることが明らかである。そして、微分回路付信号処理装置における微分波形の立下がりに現れる尾の部分の問題点も、その尾の部分が小レベル信号であることに基因することは明らかであるから、引用例2に、信号の小レベル部に走査速度変調がかかつて強調されることの不都合を解消するためにコアリングした出力信号を発生する手段を設けることが開示されている以上、この手段を微分回路付信号処理装置に適用することは当業者が容易に想到し得た事項というべきであつて、引用例2記載の考案の考案者が微分回路を採用せず、減算回路と走査速度変調手段の間にこの手段を設けたからといつて、微分回路を走査速度変調手段の間にこの手段を設けことが困難であつた技術的理由を見いだすことはできない。

なお、原告は、引用例1が微分回路付信号処理装置の問題点として指摘している「第4図A、Cに示すように信号Soのレベルが違うと第4図B、Dに示すように信号Sbのピーク値の位置がずれる」(第二頁左上欄第一〇行ないし第一二行。別紙図面ロ参照)との記載は誤りである、と主張する。たしかに、引用例1の右記載は必ずしも正確でないと考えられるが、前記のとおり、通常の微分回路において微分波形の立下がりに有害な尾の部分が現れることは技術常識であるから、引用例1の記載が不正確であることによつて審決の前記判断の正当性が左右されることはない。

したがつて、相違点〈2〉に関して、コアリングした出力信号を発生する手段を微分回路付信号処理装置に適用することは当業者ならば容易に想到し得た事項である、とした審決の判断に、誤りはない。

四  以上のとおりであるから、本願発明の進歩性を否定した原査定の結論を維持した審決は正当であつて、審決には原告が主張するような違法はない。

第三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担、及び、上告のための附加期間を定めることについて行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)

別紙図面A

〈省略〉

別紙図面B

〈省略〉

別紙図面イ

〈省略〉

別紙図面ロ

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例